新しい日


「よ…っと、これで終わり。
 お袋ー、こっちはもういいのか?」
 
「ありがと、もう十分よ。
 年越しそばできたからいらっしゃい。」

「おう!」

大晦日の夜。
猿野酒店では、新年の開店準備をようやく終えていた。
 
普段であれば昨日には終えていたはずだが、
重要な戦力である天国が昨日まで部活をしていたため、
今日までかかっていたのだ。

だが、それも終わり。
ようやく猿野親子も安心して年を迎える準備が出来た。

天国は疲れた体を一度伸ばすと、母の待つ居間へ戻ろうとしていた。

そこに。

「やあ。」
「へ?」


優しげな声をかけられ、天国は振り向くと。
そこに、見知った姿があった。
 
「久しぶりだね、猿野くん。」
「白雪監督?!どうしたんすか?!」

そこにいたのは天国が夏の大会で指導を受けた若き監督、白雪静山だった。
夏が終わってから、2、3度大会関連で連絡を受けたが、それいらい会ってはいなかった。

なぜ、そんな彼がそこにいるのか。
 
それを聞こうとする前に、彼は口を開いた。

「これから初日の出を見に行こうかと思うんだ。
 一緒に行こう。」

「は?!」

予想外の誘いに、天国は驚く。
 

すると天国が来ないことを不思議に思ったのか、天国の母が表に出てきた。

「天国?お客さんなの?」
「あ、お袋…この人は…。」
 
白雪は天国の母が現れたのを見ると折り目正しく礼をした。
 
「夜分恐れ入りいます。
 私は以前埼玉県選抜チームの監督を勤めていました、白雪と申します。」


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「…なんかうまく言いくるまれた気がするんですけど。」
「いやー、綺麗で物分かりのいいお母さんだね。」
「物分かりってなんすか!」

数時間後、すっかり母と仲良くなり快く了承を得た白雪と天国は、白雪の運転する車の中にいた。
別に天国自身は嫌なわけではなかったが、まだ釈然としていなかった。
何故大会以来特に接点もなかった自分を、この人が誘いに来たのか。

キッ
思考に耽っていると、車が停まった。
「着いたよ。ちょうどいいタイミングだったね。」

「え?」
「ほら、出てきなよ。あっちの方角だから。」
「あ、はい。」

白雪の声にすすめられ、天国は車から出た。

「さむ…。」
「はい、これ使って。」
外気の冷たさに身震いする天国に白雪は自分のマフラーを差し出した。

「あ、ありがとうございま…。」
礼を言いながら車の座席から立ち上がり、天国は前にいる人の顔を見上げた。

そこに、端整な顔が初めて見せる柔らかな優しい微笑があった。

「……。」
「さ、見てごらん。」

「あ、はい!」
一瞬見とれてしまったのをごまかすように天国はその方角を見た。


そのとき。

ゆっくりと上がる日の出が天国の眼に映った。


「うわ…。」

素直に感嘆の声を上げる天国を、白雪は愛しげな瞳で見つめた。


「綺麗だろ、ここから見える日の出、大好きなんだ。」
「はい!すっげー綺麗です!」

天国は感動を隠すことなく表に出した。


そしてふと、天国は思っていたことを口にする。

「けど監督、こんな綺麗なとこなら彼女連れてこればよかったのに。」


「うん。だから君を連れてきたんだ。」

「へ?」

さらり、と返された言葉の意味を天国はすぐには飲み込めなかった。
その意味を飲み込んだ時。

天国の頬は瞬時に染まった。


その反応を、白雪は可愛らしい、と思い。
「あ、喜んでくれるんだ?」
「こ、こ、これはお日様の赤!!!」

また いとおしい、と思った。


「さ、そんなに騒いでないで初日を拝んでおこう。
 せっかくだからね。」

「今、オレもそうするつもりでした!!」
少し拗ねたように天国は白雪から顔をそらした。

「相変わらず元気だなぁ。

 で、何を頼む?」

「勿論優勝ですよ!!」

当然、とばかりに言う答えに白雪はくす、と笑うと反論する。

「それは違うよ。」

「え?」

天国はきょとん、と表情を変える。


その顔にまた微笑を深くすると、白雪は合宿中に見せたような不敵な笑みを見せた。

「優勝は自分たちの力でするものだよ?」


(あ…これが白雪監督、だ…。)


「だからね。もっと別のことを頼みなさい。」

「はいっ!」

そして二人は同時に初日の出に向かい手を合わせた。


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そして帰りの車の中。

「そういえば君は何を頼んだの?」

「内緒ですよ。白雪監督は?」

「僕も内緒。だって願い事は言ったらかなわないからね。そうだろ?」

「あ、やっぱりそれで?」

「そう、君も?」

「ええ、まあ。」

「そっか。でも君には、かなったら教えてあげるよ。」

「?あ、ありがとうございます…?」

「何で疑問系なの。」

「嬉しいことかどうか分かんなくて。」

「はは、そのときに分かるよ。」

『猿野くんが僕の事を好きになってくれますように。』


こればかりは、自分だけの力じゃ無理な願いだから。

新しい日に、少しだけ力を借りよう。

君も同じ事を願ってくれるように。




END

思いっきり時期が外れてますが、とあるかたに押し付けさせてもらいました;雪猿です。

やっぱり雪猿大好きですね〜vv
猿野酒店も書けてちょっと幸せでした。


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